かしわと言えば・・・

sarumania2005-12-22

関西人の僕は鶏肉のことをまず頭に浮かべてしまうのですが、
それとほぼ同時にかしわ餅を思い出します。
育った街に鹿島神社というおっきめの神社があり、そこの名物がかしわ餅だったのです。
参道にズラ〜ッとみやげ物やがあるんだけど全部かしわ餅売ってるのだよ。
同級生の敬一君ん家がそこでお店をやっていたので、購入する際はそこで買ってたけど、めったに食べたことなかったなぁ・・・
でもあの柏の葉っぱの青臭いようなカビ臭いようなニオイは、僕の記憶の中で鹿島神社と敬一くんとイコールになっている。

ということで柏だ。

本番直前にブレーカーが落ち停電になった。
なんかワクワクした。

2階の倉庫みたいな何にもないくせにだだっ広いだけの楽屋にチュルのポスターが貼ってあった。
嬉しいもんだ。

ドリンクカウンター裏の楽屋にはチュルのドラマーうりが貼ったという立川亮とタンゴアカシアーノのステッカーが貼ってあった。
のりおは大いに喜んでおったよ・・・

いろんなとこで仲間の存在を表わすものを見つけるのは本当に嬉しいもんだ。


*写真は証拠のチュルの「明日は」のポスター。しんいちろうが着てるシャツは荒井ブーも同じものを持っているというレア情報をおまけに。

割とね

sarumania2005-12-21

空を見るのが好きなんですよ。
なんか理屈抜きで感動しますよね?
なんだろう?
雲ひとつない抜けるような青空。
広大なそらに横たわる夕焼け雲。
オカルトムード満点のおどろおどろしい空。
積乱雲がもくもくと盛り上がる夏の空。
季節やその時の心の位置によって感じ方も違うけど、
夕焼け空は何せ寂しいような、切ないような、懐かしいような・・・
でも大きな意味で癒し系の存在であることは確か。
堤幸彦監督が空のブログをやってるけど、俺もやろっかなぁ・・・
どうせ続かないんだぜきっと・・・




*さてどこからの空でしょう?

進化する猿

sarumania2005-12-17

ご機嫌いかがですか?ピストルモンキー(ズ)のクリンとしたほうです。
現在ピストルモンキー(ズ)のファーストライブを目撃した方は何人くらいおられるだろうか?
かなりの少数に限定されると思うのだが、当初ピストルモンキーズだった頃(( )がなかった頃ね)キャッチコピーとしていたのが『猿は進化する』というものだった。
当然のことながら結成当時より進化、成長を遂げているのだが、そういえばそうだったなぁと思うことがいくつかある。

  • デュークはいなかった。

そうデュークはいなかったのだ。デュークを入れるというのは構想にあったのだが、放浪(さすら)いのラヴスナイパーである彼は当時放浪っていたのである。

  • のりおと知り合ってなかった。

のりおと知り合ったのは去年である。初共演はN.U.と演った「おしゃべり王子」というトークコントライブの時だ。

  • クリンとなってなかった。

そういえばヘアスタイルは定まっていなかった。どのライブからクリンとなったか私は全く覚えていない。


今回はこのサザナミヘアー、最近ではCMでパクられていると話題のこのヘアースタイルの進化を検証していきたいと思う。


最初は7:3ワケの分け目と逆サイドの髪が全体的にクリンとなっていた。1stマキシマムシングル「恋はムズムズ」のジャケットはコレである。名前はまだない。


その後、髪の束ねる量を減らしより鋭利になっていき、7:3ワケの分け目と逆サイドの髪が一部クリンとなった。コレが俗に言う(言わない)サイドクリンである。


さらに事件が会議室から上に移り、前髪の一部を束ね7:3ワケの分け目と逆サイドの上部がクリンとなっているのが学名(ウソ)トップクリンである。


近頃ではずっとこのトップクリンであったのだが、ココに来てさらに進化を遂げた。
トップクリンの状態で髪の先端が大きく前方に突き出しているスタイル、ギョーカイ用語で(ウソに決まってる)トルネードクリン、事情通の間では(誰?)スパイラルクリンとも呼ばれている。
昨日のクレストでそのスタイルがあらわにされたのであるが、実は前回のクアトロの時点でその兆しがあったことはあまり知られていない事実である。


猿は進化し、髪は変化し、犬と猿は喧嘩するのである。






*写真はトルネードクリンの誕生に色めき立つ記者会見場。最先端のヘアスタイルを「なんだバカヤロー」と恨めしげに見つめるキナミ・コレステロール改め荒井ブー氏。

演技をするバンドメン

sarumania2005-12-07

昨日12月6日、お馴染み新横浜ベルズで、これまたお馴染みチュルの鳳萬太郎ことマンボーらとお芝居的なものをやった。
ことの成り行きはマンボーから「鳳一家」VS「K」のツーマンイベントで芝居をやりたいので台本を書いていただけないかとオファーがあったことからである。
私はご存知の通り、マルチにいろいろなことに手を出しては出来ているつもりでいるというエセマルチな男である。
しかも題材は鳳一家にちなんでヤクザモノで行きたいとのこと。
私はご存知の通り、「仁義なき戦い」フリークで任侠モノ大好きっ子な侠客芸人である。
ふたつ返事で引き受けた。
五回泣き、もとい。誤解なきよう説明せねばならぬのだが、私は暴力を肯定しているわけでも、ヤクザを賛美しているわけでは全くございません。
男のスジを通す、仁義を重んじる、強気をくじき弱きを助ける「侠客」というものに憧れを抱いておるのでございます。
男たるものかくありたいものであるなぁ・・・などと腑抜けた腰抜けの自分を恥じるのであります。
菅原文太主演、深作欣二監督のこの「仁義なき戦いは」、戦後の広島のヤクザ社会を実話に基づいて描かれた作品である。
菅原文太演じる広能昌三は仁義を重んじるばかりに、私利私欲に走る親分はじめ周りの人間に煙たがられババを引かされるのであるが、この男の通し方に皆シビれるのである。
仁義なき戦いトークについては機会があればどこかでゆっくりやるとして、今回はこの理不尽オペレッタについてのお話である。
この理不尽オペレッタが何故理不尽オペレッタなのかというと(Kの片島クンが考えたと思うのだが)、おそらく、ツーマンライブでKはふたりのユニットなのに対して、鳳一家が10人を超す大人数で芝居をやるということが理不尽だーっ!という魂の叫びであると思われる。確かに理不尽だ。

11月は忙しかったため、そして何よりなんでも先延ばしにする性格のため台本を書き終えたのは12月1日だった。おいおい・・・

3日はラママ、4日はクアトロ、6日が本番・・・よって2日に本読み、5日に立ち稽古という無謀極まりないスケジューリングで動くしかなかった。ゴメンよ・・・

2日の夜中にダブルフューチャーの事務所で今回の芝居に参加するバンドメンたちが一堂に会した。
まずチュルのマンボー、しんいちろう、あっち、うり、eibuのうっちー、スーさん、ツバメボーイバッチ有平、犬の糞でお馴染みペコ、マッチョのライバルヨイショ、我がピストルさんからはデラ黒田と速水ばしゃみちと私、そしてメジャー専務ことフジケンの総勢13名。
言いだしっぺはマンボーだが、脚本、演出、監督を頼まれた以上、完全に責任者的佇まいなワケで、いやいやお忙しいなか皆様恐縮です(汗)的な心境でいた。
が、車座になり台本を手に集まっているバンドメン、この状況を冷静に考えた時、もうおかしくておかしくて、微笑ましくて、バカっぽくてたまらない気持ちになった。
みんな言い奴だなぁ〜って・・・
ばしゃみちなんてセリフ3つしかないのに、次の日ライブだっていうのに来てくれてさぁ・・・
で、やっていくうちに最初は台本を読むだけって話だったんだけど、誰からともなくやっぱり動きつけてやってみようだって!


いやぁぁぁベルズのバンドメンって本当にいいもんですね・・・
                                       つづく






*写真は左からスナックパピ子のママばしゃみち、漣組組長漣、黒田組組長デラ黒田。
おやおやすっかり役に入っていますねぇ・・・

「愛していると言ってやれ!」

sarumania2005-11-27

ピストルさん初の大阪ワンマン!
当初チケットの売れ行きが芳しくなく不安と焦燥と挫折感満載であったのですが、おかげ様を持ちまして何とか成功の範囲内ということで、一同胸を撫で下ろし大会でありました。
2nd LINEはステージが狭いので7人乗るとほとんど動けないので本領を発揮するにはやや苦しい所があるのと、大阪初ということで何か特別企画的な色合いを出したかったもので、いろいろ考えた結果、ワンマンでは恒例となっている「サザナミヒットパレード」でピスキッズのナンバーをやってしまおうではないかということになった。
説明が必要だが「サザナミヒットパレード」とは昭和の名曲、歌謡曲を皆様とともに楽しもうという・・・「全く新しいタイプの画期的」なコーナーである。
別に全く新しくも画期的でもないのだが、このフレーズ自体ピスキッズの時に何かと言えば使っており、それを言いたいだけのことで、「」の部分は丸々なくてもよいのだ。
このコーナーではピストルモンキー(ズ)ではなく、演奏はデューク安田とダンシングクラッカー、唄はその時の思いつきで勝手な名前で私がソロ歌手として熱唱するというスタイルをとっている。
もともと司会はサミー得永という私のひとり二役だったのだが、現在では期待のニューフェイス、古いタイプの男前、司会然とした信用のおける男、東海林のりおが担っている。

説明が長くなったが、このサザナミヒッパレは昭和の名曲、歌謡曲、ヒットナンバーからの選曲という縛りでやっていたが、今回はこの縛りを根底から覆す、平成のヒットしてないナンバーということで、ヒッパレの歴史(歴史とは言えないが)から言えばまさに画期的な試みであった。

ピスキッズ時代の曲自体は、既にライブで何度も演っている。因みに「燃えろ円山町」「マロニエ」「悪魔に捧げる唄」「プリズナーNO.5」・・・他にもあったかな?
マロニエ」はもうすっかりピストルナンバーとして定着しているむきもある。と思うのだがどうだろう?

そんな中今回特に画期的と言えるのは、「からさわぎのストップモーション」というシングル曲を演ったことにある。もう1曲は「SUTUDY]。どちらも「KIDS ARE ALRIGHT」というアルバムに収録されている。

せっかく禁を破ってやるのだから、どうせなら当時ファンに人気のあった曲をということでの選曲だ。
イントロに入るとピスキッズ時代からのファンの過剰な歓声と盛り上がりに、私思わず曲頭から歌詞が飛んでしまったのだった。
そして演奏を止めてやり直した。
そういえば昔はよくコレをやっていた。古いファンなら何度も遭遇したことだろう。
ということでコレも演出のひとつであったに違いないと私は思っている・・・

のりおや専務に言われたのだが、ピスキッズを唄っている時とピストルの時では私の表情が全く違うらしい。なかなか興味深い話である。


私が今回嬉しかったのは、ヒッパレで盛り上がっている人(ピスキッズからのファン)が思いのほか少なかったことだ。
東京からの遠征組もそんなにいなかったのも嬉しかった。
え?ナンデ?
それはね、新しいお客さんが増えたというこだから・・・



あっ、そうそう愛しているといってなかったね。
愛してる・・・






                                       セバス





*写真は仮面ライダーデュークとロボット刑事キング

一週間切りました!

sarumania2005-11-20

11月26日のワンマンショウまで一週間を切ってしまいました。
光陰矢の如しとはよく言ったもので、時間はアッちゅう間に過ぎていってしまいます。
なんだかんだで今年も終わり・・・漣です。
11日に大阪ミューズでライブがあったのですが、その時皆で大阪観光をいたしました。
まぁ、観光というものでもないのですが、いや、まったく観光ではなかった・・・
うん観光ではなかったなぁ〜・・・
うどん喰って、(馬車道はそのあとラーメン喰って)たこ焼き(2種類)喰っただけだもの・・・
オマケにこぬか雨降る御堂筋・・・菲菲です。




*写真は今売り出し中のロートル漫才コンビ「ノリオ・デラオ」のご両人。

先週の土曜日は秋晴れのランドマーク円形広場で・・・

sarumania2005-11-10

路上ライブというものが当たり前になってから久しいが、その昔原宿表参道から代々木体育館と代々木公園にはさまれた道路は日曜日になると、車の通行を禁止して「歩行者天国」通称「ホコ天」と呼ばれる文字通り歩行者が大手を振って歩ける天国と化した。
そしてそこではいろいろな路上パフォーマーたちが自己表現の場として、輪になって躍ったり、絵を描いたりアクセサリーを売ったり、ライブやパントマイムをしたりと休日の歩行者の目を楽しませてくれた。
僕が上京して来た頃はかろうじて健在で、日曜日になると自転車でプラプラと見物しにいったものだ。
はっきり憶えてはいないのだが、たしかそれから2年以内に「ホコ天」が全面禁止になったように記憶している。
ホコ天」からは様々なムーブメントが生まれブームを起こし、そして廃れていった。
竹の子族、ローラー族、一世風靡セピア、バンドブームのジュンスカ・・・
今思えばどこか恥ずかしい80年代の産物。


その後、90年代後半に入り弾き語りのカタチをとったストリートミュージシャンというものが台頭してきた。
それはゆずの功績が非常に大きいのだろうが、ギター1本あればどこででも歌える手軽さから瞬く間にストリートミュージシャン人口は増加した。

猫も杓子も路上音楽家だ。

そのたくさんの中で抜けてくるのは大変なことなのだろう。
と、思ってたが、数が増えようがダメなものはダメで良いものは良い。


はっきり言うが僕はN.U.のファンだ。

今回久々に円形広場に現れたN.U.に、彼ら目当ての観客がつめかけたためいつもの2.7倍の賑わいを見せた。

N.U.は絶対に良いと思う。唄もトークも絶妙に申し分ない。
良いものは良いのだ。

良いものが正当に評価されるという証にN.U.には是非ブレイクしていただきたい。

心からそう思う。




今、誰よりも頑張っている彼らにこの曲を贈ります。

沖田浩之で「E気持ち」







*写真はフツーにおっさん丸出しの漣ケンタロウと晩酌ブラザー(ズ)の面々。